普段生活していて一番身近で無くてはならない、お金。

そのお金はどのようにして始まったのか?

今回はお金の歴史について説明していきたいと思います。

お金がなかった時代の人々の暮らし

最初は「物々交換」からはじまった

この世にまだ「お金」がなかった時代、人々は物と物を交換して暮らしていたと考えられています。

それが「物々交換」で、現在の通説となっています。

大昔は、お金という概念がありませんでした。もちろん、お店もありませんのでお買い物をすることもできません。

海では漁師が魚を、山では猟師がシカやイノシシを捕まえて、暮らしていたんです。

漁師や猟師は、それぞれの得意分野の食糧を多めに確保し、必要に応じて不得手な分野の食糧と交換していました。

市場の始まり

漁師が、いつも「魚と肉を交換してほしい人」を見つけられるとは限りません。

そこで昔の人は、確保してきた食糧を効率良く物々交換するために、人々が一カ所に集まる場所を作りました。

これが「市場」です。

日本ある地名に、四日市、五日市といった名前の町があるのは、それは4のつく日や、5のつく日に、そこで、市場を開いていた証拠なんです。

他にも、六日町、十日町という町もあり、「市」がついていなくても、日にちのつく町のほとんどが、そこで市場があった証拠です。

市場でも物々交換できない場合はどうする?

ところが、物々交換は時と場合によっては非常に不便なものでもありました。

物々交換では、自分の欲しい物と相手の欲しい物が常に一致するとは限りません。

交換したいモノと有無相通ずる関係は存在しないかもしれず、たとえ存在するにしても、それを発見するには大いに手間がかかるからです。

もし市場でも物々交換できる相手を見つけられないときは、どうしていたのか。

そこで人々が考えたのが、その日、魚と肉を交換できなければ、魚を「みんなが欲しがるもの」と交換しておくんです。

こうしておけば、次の市場ではその「みんなが欲しがるもの」と肉を交換できるかもしれません。

「みんなが欲しがるモノ」って、いったい何だろう

お米や布が、お金代わりに使われた

それでは、みんなが欲しがるモノといったら何だったのか。

それは日本人なら馴染み深い「お米」です。

他にも、「布」が大変重宝されまた。

稲は魚や肉と違い、刈り取ってから保存が効くため、とりあえず、魚や肉を稲と交換しておいてから、自分が欲しモノを探すことができるというわけです。

ちなみに、昔の人たちは稲のことは「ネ(値)」と読んでいて、モノの「値段」や「値打ち」は、ここから生れたてそうです。

中国では貝、ローマでは塩

市場で交換されているうちに、稲がいたむこともあるし、布が汚れてしまうこともあります。

昔の人は、みんながもっと欲しがるモノで、もっと長持ちするモノは、他にあるのか考えました。

紀元前1600年頃、中国の殷・周の時代には宝貝が貨幣として使われており、お金に関する文字に貝がつくようになったと言われています。

貝がお金の代わりに使われていたという証拠が、財産の「財」、貯金の「貯」、買い物の「買」などです。

貝の他にも、骨や石が物々交換に使われていたそうです。

ローマ帝国では兵士や市民にお給料として塩が支給されており、給料を意味する「サラリー」の語源はラテン語の「サラリウム(salarium)」で、これは「塩のお金」を意味します。

塩は、かつて生活必需品の塩は貴重品であり、長持ちかつ分割して持ち運びが容易だったためお金の代わりでした。

日本では、給料のために働く人のことを「サラリーマン」と呼ぶようになりました。

「お札」の誕生

持ち運びやすいお金が必要だった

大昔は、お米や布、貝殻がお金の代わりだった、という説明をしてきました。

しかし、もっと丈夫で長持ちして、持ち運びやすいもの、それでいて、みんなが欲しがるモノはないのか考えて登場したのが、金・銀・銅を使用して作った貨幣でした。

これが、金貨・銀貨・銅貨の誕生です。

特に、金は希少価値が高く、美しい光沢を持ち、また容易に加工できるやわらかな素材でありながら、錆や腐食に強い金属であるため、普遍的な価値を求められる貨幣として高い価値がありました。

紀元前700年頃、リディア王国で最古の鋳造貨幣エレクトロン貨が登場し、そここら世界中で使われるようになりました。

ゴールド・スミスがお札を発行

貨幣ができたことにより、商業取引が拡大し、お金持ちになる商人がたくさん現れました。

お金(金貨)をたくさん持っていることにより、強盗や泥棒に狙われるリスクがあるため、商人たちは儲けた金をどこかに預ける必要がでてきます。

そこで目をつけたのが金細工職人(ゴールド・スミス)の金庫でした。

ゴールド・スミスは商人たちから金を預かり、「預り証」を発行します。

商人は決済で必要なときに「預り証」を持って行き、金を金庫から出してもらっていました。

この過程でゴールド・スミスは、あることに気がつきます。

それは、発行された預かり証で金貨を引き出す人は実際に少なく、全体の10%しか引き出されないことで、発行した預かり証の90%が、ゴールド・スミスに戻ってこないことです。

そこで考えたのが、金を貸し出すシステムを思い付きます。

貸し出した金は投資され、さらに富を生み、再び預けられます。金庫にある金はだんだん増えていきました。

これがやがて銀行の仕組みとして確立していき、預り証は紙幣に進化していきました。

また、預り証は金貨よりも軽く、持ち運びにとても便利で、買い物も楽にできるようになりました。

日本最古のお金

1995年に群馬県藤岡市にある上栗須遺跡から「富本銭(ふほんせん)」と呼ばれるものが出土しました。これは、683年頃に造られたといわれるもので、最近の学説によれば、わが国最初の貨幣である可能性が高いとみられています。

また、初めて本格的かつ継続的に造られ、わが国の広範囲にわたって流通したとみられる貨幣「和同開珎(わどうかいちん・わどうかいほう)」も、群馬県において計15枚が出土しています。

当時の奈良の都から遠く離れた場所で、このようにまとまって発見された例はほとんどありません。これは、当時の政治の中心である近畿地方や九州地方などを除いた地域において、ここ群馬の地がとりわけ経済的に進んでいた地域であったことを物語っています。

お札はただの紙切れじゃないの?

お札はただの紙切れじゃないの?って思われたことはないでしょうか?

お札は偽造防止のため特殊技術が加工されていますが、お札はただ紙です。

その紙に絵や数字が書いてあるだけなのに、どうして、10000円分の価値があるとされているんでしょう。

それは「みんながそれを10000円だと信用している」からです。

前途で説明したとおり、お金持ちの商人が金貨と預り証を交換し、その預り証で買い物ができました。

預り証も、ただの紙でしかありません。

そのただの紙でどうして買い物ができたのかというと、「預り証があれば、後でゴールド・スミスが金貨と交換してくれる」という信用があったからです。

逆に言うと、信用がないお金は、ただの紙きれ同然です。

たとえば、日本のお金を使えるのは、日本という国の中だけです。円を知らない国に行ったら、「こんなのお金ではない」と言われます。

でもアメリカのドルは、アメリカのほかにも、使える国が多いんです。それは、世界中のどこにいっても「これはアメリカのお金」と信用されているからです。

お金の3つの役割

価値の保存機能

お金の名目価値は変化しません。

10000円は、1年後も10年後も10000円のままですので、困った時のために貯金ができます。

交換機能(決済機能)

物々交換の経済では、お魚を持っている人がお肉を欲しいと思っても、お肉を持っている人がお魚を欲しくなければ交換は成立しません。

しかしお金なら、さまざまな商品と、簡単に交換することができます。

これにより「お魚とお肉を交換してもよい」と、両者の欲求が一致する必要はなくなります。

価値の尺度機能

世の中で販売されている食べ物やサービスにはすべて値段がついています。

お金があるおかげで、誰もが見ても、どの商品が安いのか高いのかが、一目でわかります。

そう考えると、お金はモノの価値を計るための物差しとしての働きがあります。